今回は不妊の原因の約半分を占める男性因子について考えてみましょう。

増加している男性不妊

男性の精子に関しては以前、「心配だからこそ知っておくべき 妊娠・出産の正しい知識 〜妊娠適齢期から考えるライフプラン 全4回 ①【男性編】」でお話をした年齢による影響以外にも、いろいろな生活習慣の影響を受けると考えられています。 また、精子の数は、いくつかの理由から公衆衛生にとってとても大切な指標であると考えられています。第一に、精子の数は男性の妊孕力に強く影響していると考えられていますが、経済的・社会的負荷によって精子数が減少し、男性が原因となる不妊は増えています。
それ以外でも、精子数の減少は、男性の有病率や死亡率にも関係し、さらに自分の子どもの停留睾丸・尿道下裂・精巣がんなどの発生にも関連があるとも言われています。 この精子の減少には、多くの環境因子も関与していると言われており、環境ホルモン・殺虫剤・熱・ライフスタイル(ダイエット・ストレス・喫煙・体重)などが挙げられています。

精子の形成には温度が大きく影響?!

精子をつくる精巣は体の表面にあり 体の中にある臓器よりも2~4°C低くなっています。このように、体内よりも少し温度が低い事が精子を作るのに必要な条件だと言われています。精嚢(せいのう)の温度が1°C上昇すると精液濃度は40%も下がるという報告もあり(Hjollund, N.H.I. et al, Reproductive Toxicology 16, 215–221, 2002)、精子の形成には 温度が大きく影響すると考えられます。
この精嚢の温度に関して、健康な人において生活習慣がどのように影響しているのかを検討した研究があるのでお話ししたいと思います(Garolla, A.et al. Human Reproduction 30, 1006–1013,2015)。図1は、1日の生活状態と計測された陰嚢(いんのう)表面温度との関係を示しています。このように、1日のうちでも、活動状態によってかなり変動しています。温度が比較的高めなのは、睡眠中、朝食、運転、座って仕事、ソファーに座っているときです。

また、温度が低めなのは、歩行、休憩、家事をしているときです。このように立って動いているときは低めで、座っている状態では高めになっているようです。充分な睡眠をとることは健康にとても大切なので、睡眠中に陰嚢表面温度が高くなっても、これは致し方ないと思います。大切なのは起床してからの生活様式で、なるべく陰嚢温度を下げることができる生活様式を心掛けることだと思います。
例えば、運転と歩行に関しては、運転する代わりに歩ける場合はなるべく歩くようにするというのもひとつの方法だと思います。 また仕事においては、仕事の途中に休憩を入れ、立って軽い運動を数分間したり、立たなくても脚を開いたり動かしたりしてみるのも良いかもしれません。

肥満も男性不妊の原因に

この論文では 肥満の方の24時間の陰嚢表面温度も測定しています。その結果を見ると、肥満の方は健康な一般の方と比べると、ほぼ全ての生活活動で温度が高く、また、運動などの活動による温度変化が一般の健康な人と比べて少な目でした。このことから、肥満の方は、陰嚢表面温度の点からも男性不妊になりやすい傾向があると言えます。
この論文では、さらに陰嚢の血管の血流についても測定しており、健康で体重が正常の人に比較し、肥満の人は血液循環が低下していました。血液の流れが悪くなってしまうと睾丸の温度も上昇することは、陰嚢水腫という疾患でも証明されています。肥満の方は陰嚢の血液循環の低下を引き起こし、陰嚢温度が上昇し、造精機能の低下をもたらす可能性が考えらます。一方、脂肪組織は熱を産生しやすい組織であり、異常高温になりやすく、肥満の人はこの脂肪組織が多いため、陰嚢温度が高めになる要因になります。

気を付けたい生活習慣

このようにお話ししてくると、皆さんは自分が行っていること、またはパートナーが日常行っていることが気になってくるかもしれませんね。その懸念は当たっていることが多いと思われます。男性の皆さんの中で、パソコンを膝の上において仕事をしている人はいませんか?実はパソコンを膝の上において仕事した時の仕事時間と陰嚢表面温度を調べた研究があります(Sheynkin, Y et al. Human Reproduction 20, 452–455.2005)。

日常生活で注意すべきこと

図2を見てください。この図のように、座り始めて30分ぐらいはパソコンを膝の上に置いて仕事をした場合も、そうでない場合も陰嚢表面温度は徐々に上がってきます。しかし、30分以上経つと、パソコンを膝の上に置いていない人の温度はほぼ一定ですが、パソコンを膝の上に置いて仕事をしている人は陰嚢表面温度が上昇し続けています。ですので、日常習慣として膝の上でパソコンを用いて長時間仕事をする癖のある人は、もしかすると陰嚢表面温度が上昇し、精液所見に影響を与えているかもしれません。

精子形成はとてもデリケートで、環境のいろいろな変化に影響を受けやすいと思われます。ですので、皆さんは今一度、ご自身の、またはパートナーの生活習慣をチェックしてみてはいかがでしょうか。もちろん、これが不妊の原因の全てではないので、あまり深刻にならず、ご自分の健康を維持・増進すると思って取り組んでください。