皆さん、こんにちは。国立成育医療研究センターで周産期・母性診療センターの副センター長をしている齊藤です。
私は、産婦人科医として、長年にわたって不妊治療の最前線に立ってきたのですが、そうした中で、みなさんにぜひ伝えたいと思っていることがあります。
それは、〈正しい妊娠・出産に関わる知識を知ったうえで、自分に合ったライフプランを立ててください〉ということです。そして、この中で特に重要なのは、“正しい”というところです。
最近、いろいろなところで、「妊娠適齢期」という言葉を見たり、聞いたりするかと思います。この妊娠適齢期というものは、とてもセンシティブな話題であるがゆえに、テレビ番組で、専門家ではない人が感情に任せて意見を発する場面を視聴したり、SNSや掲示板などのインターネット上で、市井の方々の憶測の範囲での発言を目にしたり、ときに罵詈雑言のような言葉を耳にすることもあります。
たとえば、「卵子の老化」という言葉が話題になったことがありましたね。私は、この言葉を一つ取っても、世間一般には、正しい知識が広まっているとはいい難いと感じています(卵子の老化については、次回の投稿で詳しく触れていきます)。
ですから、本稿で、きちんと正しい妊娠・出産にかかわる知識を知ってください。そのうえで、自分に合ったライフプランについて、考えていきましょう。
「結婚適齢期」が盛んに議論されるようになった理由
でも、いったいどうして、そもそも、このように多くの方が、「結婚適齢期」を意識するようになってきたのでしょうか?
わたしが、20代であった40年前は、このような話題は、出てこなかったように思います。しかし、最近では、ちょっと注意してあたりを見渡すと、いろいろなところで、「妊娠適齢期」という言葉を目にします。
その一番の理由は、近年の結婚・出産する方の高齢化です。図1を見てください。これは毎年、厚生労働省から発表される男女の初婚年齢・第一子出産の母親・父親の年齢をグラフにしたものです。
1980年の男女の初婚年齢は27.8歳、25.2歳でしたが、35年後の2015年には、31.1歳、29.4歳と男性では約3.5歳、女性では約4歳高齢化しています。また、第一子出産の年齢も、男女とも29.2歳、26.4歳から32.7歳、30.7歳となり、こちらも男性で約3.5歳、女性で約4歳高齢化しています。このように35年間で3.5~4歳高齢化しています。たかだか4歳程度かと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、侮ってはいけません。妊孕性(にんようせい)、つまり健康な児を出産できる能力は、20代後半からどんどん低下するからです。
その証拠の一つとして、図2をみてください。このグラフは女性の結婚年齢とその方の生涯不妊となる確率を検討したグラフです。例えば20〜24歳で結婚された方が、一生をかけても子どもが持てない確率は5%です。これが25〜29歳で結婚された方だと9%と約2倍になります。
年齢が高くなると、一生をかけても児を持つことができない確率がどんどん高くなります。しかも、こうした現象は20代の後半から始まります。その原因は一つではなく、複数の医学的な要因が関係します。それらについて、わかりやすくお話ししていきましょう。
男性の年齢が高くなると
女性の年齢に関係なく
妊娠までにかかる期間は長くなる
年齢による妊孕性の低下は男女、両方に生じます。女性に関しては、多くのことが語られていますので、ここでは、まず男性の年齢による妊孕性の低下から解説しましょう。図3を見てください。このグラフは男性の年齢を横軸にとり、妊娠を試みてから相手の方が妊娠に至るまでの期間を示したグラフです。
男性の年齢が20代までは、約6か月で相手の方が妊娠しますが、30代から40代前半だと、相手の方が妊娠するまでの期間は約10か月かかります。40代後半だと約18か月(1年半)かかるようになり、50歳以上だと24か月(2年)以上かかるようになります。
男性の年齢が高齢化すると、相手の方が妊娠するまでの期間が長くかかることがわかります。男性の年齢が高くなると、相手の女性の年齢も高くなる傾向はあります。しかし、そのことを補正しても、男性の年齢が高くなると、相手の方が妊娠までにかかる期間が長くなるとされています。
女性または男性の年齢別の1年間の累積妊娠率を見ると、どの年齢でも、児を持つことを希望してからの期間が長くなると累積妊娠率は上昇していきますが、図4にあるように、1年後の累積妊娠率で見ると、男性が20歳未満のグループで90.4%、20歳から39歳のグループで78.4%、40歳から49歳のグループで62.6%、50歳以上で25%と、やはり男性の年齢が高くなるほど、挙児(子どもを授かること)を希望してから1年後の累積妊娠率も低下しています。相手の方の妊娠する確率から見ても、男性の妊孕性が加齢とともに低下してくることがわかります。
男性の年齢と流産率には関連性がある
次は、妊娠された相手の方の流産率について、そのパートナーである男性の年齢との関係をグラフで見てみることにしましょう。
図5の横軸は男性の年齢です。縦軸は相手の方の相対的流産リスクです。20歳を1としています。男性の年齢が上がるとともに、妊娠した相手の流産リスクも上昇します。
女性の加齢でも流産リスクは上昇しますが、それを補正しても、男性の年齢だけでも上昇するということがわかっているのです。
精子の遺伝子は加齢にともなって
障害を受ける可能性が高くなる
次に、男性の年齢と出生児の先天異常のリスクについて、お話ししましょう。出生児の先天異常のリスクも、女性の加齢と深く関わっていますが、その影響を補正して検討したのが、図6になります。
男性の年齢25歳から29歳を対照として、各年齢のグループと比較しています。若いグループ(20歳未満)でも、少しリスクが上がっています。はっきりした原因は不明ですが、未熟性が原因の一つであると考えています。一方、30歳以上では、年齢が高くなるに従い、出生児の先天異常のリスクが明らかに上昇しています。その原因は、精子の遺伝子が加齢にともない障害を受ける可能性が高くなることだと考えられます。
女性の加齢よりも
男性の加齢のほうが
大きな影響を持つポイントミューテーションとは?
ここまでの妊娠率の低下、流産率の上昇、先天異常の率の上昇は、女性の加齢でもよく見られ、女性の加齢の影響のほうが大きいものです。一方で、男性の加齢が大きな影響を持つことがあります。
それは、精子の基の細胞(幹細胞)が増殖するときに起きる、ポイントミューテーションと呼ばれる変化です。ポイントミューテーションとは、遺伝子のATCGの一つの塩基が、別の塩基に変化することで、簡単にいえば、遺伝子に微細な変化が起こることで生じる現象です。
精子は卵子と異なり、高齢まで分裂増殖している細胞です。つまり、分裂回数が多くなるほど、遺伝子配列にミスが起こりやすいのです。1年間に約2個のミスが起こると推計されています。ですから、30歳加齢すると、30年前より、精子の微細な遺伝子異常は、約60個増えると考えられます。
この遺伝子配列のミスが起こる場所はさまざまです。アミノ酸など、体を作るのに大切な遺伝子配列の場所に起こる場合もあれば、体を作るのには関与しないところで起こる場合もあります。したがって、具体的な影響として現れるかは、変化した場所によるということです。ただ、やはり数が多くなると、「数撃てばあたる」というように、影響が出る可能性も高まります。
高齢の父親から生まれた子は、
精神疾患を持つ可能性が高いってホント?
このポイントミューテーションには、もう一つ、大きな問題があります。それは微小な変化と述べたところにあります。
変化が大きいと「妊娠しない」「妊娠しても流産する」「生まれてすぐに先天異常とわかる」というようにはっきりとした影響が早期に現れます。しかし、ポイントミューテーションは、その変化が微小のために、生まれる(流産しない)可能性は高いのですが、生まれた直後には異常がわからず、大きく発育してから、「なんとなくおかしい」と、気づかれる可能性があるということです。
分裂回数が多い精子、すなわち高齢な父親から生まれた子に、なんらかの変化が現れることが考えられています。現在、疫学的研究で分かっていることは、高齢の父親から生まれた子に精神疾患を持つ子が多いということです。すなわち自閉症、多動性障害、鬱、統合失調症といった疾患です。これらの病気は、「父親の高齢」が理由のすべてではありませんが、「父親の高齢」によって発症率が高くなっている可能性はあります。
男性だからこそあらためて考えたい
「妊娠適齢期」のこと
妊娠適齢期と聞くと、女性の話だと感じる方も少なくないのではないでしょうか。特に男性は、「まだまだ自分は元気だから大丈夫」と思っている方がいるように思えます。しかしながら、これらの医学的な事実を考慮すると、男性における妊娠適齢期は20代だといえます。
もちろんライフプランというのは、個人個人で異なりますし、誰かが押し付けるものではありません。しかし、高齢になればなるほど、子どもを持とうと考えても、なかなか妊娠しないことがあります。また、子どもができたとしても、何らかの先天性障害があることも増えます。そうしたことの原因を女性の側から探そうとする傾向がありますが、それは正しいとは断言できません。なぜなら、今回見てきたように、男性の側にも、さまざまな医学的根拠があるからです。
ですから、自身で出産をする女性だけではなく、子どもを持ちたいという希望のある男性も、ぜひ正しい妊娠・出産に関わる知識を学び、そのうえでライフプランを立てるようにするといいのではないでしょうか。