ヨウ素は、ヨードとも呼ばれ、人間にとって必要不可欠なミネラルのひとつです。このヨウ素は妊娠や不妊治療に大きく影響するので今回お話ししたいと思います。

ヨウ素の役割

ヨウ素という言葉は、皆さんにとってあまりなじみのない言葉かもしれません。恐らく、ヨウ素について皆さんが思い出すのは、東日本大震災の際に、原子力発電所事故で放射性ヨウ素が放出され、この対応のために日常的にヨウ素を摂取することを強く勧められたことだと思います。摂取が勧められた理由は、日常的にヨウ素を摂取している人は、放射性ヨウ素の甲状腺への蓄積が低く抑えられ、甲状腺がんの発生を予防するためです。
このヨウ素は海中に多く存在しているため海藻類にたくさん含まれているミネラルです。日本人は海藻を多く摂取する習慣があるため、ヨウ素不足になることは少ないと考えられています。しかし、外国では海藻を好んで摂取する習慣が少なく、特に大陸の中央部にあるモンゴルでは、ヨウ素を摂取する機会がほとんどないことから、ヨード欠乏症による甲状腺異常が多く発生していたそうです。モンゴルは、日本からの援助で国民にヨウ素剤を服用させた結果、甲状腺異常の患者が激減しました。また、アメリカのほかにスイス、カナダ、中国などでは食塩にヨウ素の添加を義務付けている国もあります。
ヨウ素は日本人が口にする海藻類に多く含まれ、なかでも昆布が群を抜いて多く、次がひじきです。日本人は海藻を好んで食べる習慣があるため、世界でも一番ヨウ素を摂取している国民です。このため、世界的には不足が起こりやすいミネラルですが、一般的に日本人は、ヨウ素不足を心配することは、まずありません。また、ヨウ素は消毒薬に含まれていたり、造影検査の際の造影剤に多量に含まれており、甲状腺疾患がある場合には気を付けて使用する必要もあります。

妊娠中や授乳中に必要な摂取量について

厚生労働省が発表した『日本人の食事摂取基準』(2020年版)によると、ヨウ素の推奨量は成人で130 µg/日、ヨウ素の耐容上限量は日本では3.0 mg/日、米国では約1.1 mg/日としています。日本において、妊婦は更に110 µgの付加量、授乳婦は140 µgの付加量が推奨されています。
ヨウ素が体に摂取されると、大部分は甲状腺ホルモンであるサイロキシン(T4) 、トリヨードサイロニン(T3) の主要な構成成分として使用されます。この甲状腺ホルモンは、新陳代謝を促し、子どもの場合では成長ホルモンとともに成長を促進する働きをするため、ヨウ素は体になくてはならないミネラルです。

ヨウ素不足が流産、早産、死産などの多くのリスク要因に

さて、ここまでヨウ素の一般的知識をお話ししてきましたが、続いて妊娠や不妊治療とのかかわりについてお話ししましょう。今回、ヨウ素についてお話ししようと思ったきっかけは、不妊治療の初期検査として甲状腺刺激ホルモンであるTSHを測定すると、高値の方を時々お見かけするからです。
TSHは甲状腺に作用してT4,T3の産生を刺激します。TSHが高い値ということは、体内にT4,T3が少ないため、TSHを高くして甲状腺でT4,T3の産生を高めようとしている状態であることを示しています。すなわち体内にはT4,T3が少なく、甲状腺機能低下の状態にあることを意味しています。
TSHが明らかに高値、フリーT4(FT4)低値の顕性甲状腺機能低下症では、流早産、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、常位胎盤早期剥離、貧血、死産や周産期死亡、分娩後出血、帝王切開のリスクが高いと言われています。米国甲状腺学会や米国内分泌学会のガイドラインでは、妊娠前のコントロール目標値として、TSH値2.5mIU/L未満になるように、ヨウ素を含む製剤であるレボチロキシンを服用し、TSH値を調整することを推奨しています。
また、TSH値がやや高値、すなわち2.5mIU/L以上5mIU/L未満、FT4値が正常範囲の潜在性甲状腺機能低下症であっても、原因不明の不妊に関連し、妊娠中の子癇前症、周産期死亡、および常位胎盤早期剥離のリスクが高いことが報告されています。このように、甲状腺機能低下の状態にあると妊娠に関わる異常が増える可能性があります。

ヨウ素を含む卵管造営剤の使用で妊娠率が上がる!?

次にヨウ素を含む造影剤と妊娠に関わるお話しをしましょう。不妊検査で行われている子宮卵管造影検査(HSG)で使用されている造影剤(リピオドール)はヨウ素を大量に含んでいるため、甲状腺機能に影響します。このため、HSG検査をする前に血中のTSH, FT4を測定し、正常値であることを確認しておくことが必要です。また、HSG検査の結果が正常であった場合、その他の不妊原因(男性因子、排卵因子など)がない「原因不明不妊」のケースでは、HSG検査後の数か月の間にタイミング療法で妊娠することがよくあるとされています。
この理由としては、①造影剤が卵管を流れることで、卵管内のごみを除去し、閉塞を改善する。②高濃度で長期間体内にとどまるヨウ素が、腹腔内と子宮内の生物学的免疫環境を改善する。などが挙げられています。
また、油性(リピオドール®)と水性造影剤のどちらも妊娠率を高めますが、油性の造影剤の方が水性よりもより高い妊娠率が得られるといわれています。この理由として、油性の方が水性よりもヨウ素の濃度が高く、また、検査後に体内に残る期間が50日と、水溶性の2-3時間に比べてかなり長いことも影響していると指摘されています。

ヨウ素が不足すると下がる妊娠率。食生活の見直しも

また、これ以外でもヨウ素が妊娠に大切な要素である報告があります。ヨウ素摂取の少ない外国からの報告では、ヨウ素不足の場合では妊孕性が46%減少したとの報告や、12カ月の間に妊娠する人の割合が、ヨウ素の摂取量が十分のグループの方がヨウ素不足のグループに比べて高いとの報告もあります。
このように、ヨウ素は妊娠に深くかかわっています。日本は海に囲まれており、一般的には、食生活もヨウ素を取りやすいことが多いと思われます。しかし、最近は食生活もかなり変化してきているため、もしもなかなか妊娠に至らない場合は、早めにヨウ素の点からも食生活を見直し、気になる場合は早めに不妊初期検査を受けてみることも大切ですね。