「理想の人数だけ子どもを産み、育てられる社会」の実現に向けて活動する私たち1moreBaby応援団では、“2人目の壁”を乗り越えるヒントを探るためユニセフの調査によって「世界一子どもが幸せな国」とされたオランダで現地調査を行い、その結果を『18時に帰る』という1冊の本にまとめました。
しかし、紙面の都合上、本では紹介しきれなかったことがありました。そこで本連載では、オランダの企業へのインタビューを通じて、オランダの方々の働き方をみていきたいと思います。
第1回はオランダのフラッグキャリア・KLMのHRディレクターのお話を、第2回はオランダ最大の都市に本拠地をかまえる大手投資銀行のABN AMROでHRスペシャリストとして働くモニケさんとリディアさんのお話を紹介しました。
第3回となる今回は、オランダの国鉄的存在であるProRail(プロレイル)のHRで働くエリックさん、ヘンクさん、ダニエラさんの3人にお話をご紹介していきたいと思います。
公益財団法人1moreBaby応援団専務理事・秋山開(以下、秋山)「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。まずはみなさんの仕事内容について教えていただけますか?」
エリックさん「HRのなかのアドバイザーとして働いています。どうやって健康で楽しい仕事をしていけるのかについて、現状だけではなく、将来のことも考える部署にいます」
ヘンクさん「僕はHRのディレクターをしています。ProRailは4000人の社員がいます。どうしたらみんなが心配せずに働いていけるのか、正しいタイミングで、正しい場所で働けるようにすることに力を注いでいます。特に、いかに女性が家と会社のバランスをうまく取れるようにするかの対策を考えています。オランダという国全体で、もしそれができなければ、労働人口の半分を失うことになりますので」
ダニエラさん「ProRailのHRでコンサルティングをしています。リクルーターとして採用を担当することに加えて、フレキシブルな働き方、つまりフルタイムかパートタイムかだけではなく、どこで働くのかなども含めた人事の仕事もしています」
(*以下、3人の発言は統一してProRailと表記します)
「個人の働き方」に合わせるためのマネジメントを行ってきた
ProRail「最初にお伝えしておきたいことは、オランダでは国民の20%ほどがフルタイムで働くということに重きを置いている古い考えを持っていますが、一方でほとんどの人がフレキシブルな働き方に賛同しているということ。『どこで働くのか、どうやって働くのか、時間、場所、方法、いずれにおいてもフレキシビリティがあって然るべきだ』と考えている人が多いということです」
「一方で、意外に思われるかもしれませんが、現在のところヨーロッパの中でもオランダは出産後に休める期間が短く、女性は3カ月、男性は2日です。この点については、現在のオランダ政府のなかで重要な課題の一つとして、議論されているところです」
秋山「日本の場合、産後休暇は女性で8週間、男性は基本的に産後休暇がなく、育児休暇という形で休暇を取得することになるのですが、その取得率はあまり高くありません」
ProRail「昔は、オランダでは男性が朝早くから遅くまで働き、女性が家庭を守るというのが一般的でした。しかし、長く働くことで生産性が上がるわけではないという認識が20年以上かけて徐々に浸透してきたことで、いろいろなことが変わってきているのだと思います。もちろんワッセナー合意*も重要でしたが、企業としてはそれだけではなく、個人の働き方に合わせるためのマネジメントを行ってきたことがポイントです。ProRailは4000人の社員がいますが、その一人ひとりの年齢や状態、生活状況に合わせて働き方をその都度変えていくことに貢献してきました。非常に難しいことでしたけども、『50代で家族がいるグループ』などと適宜グループ分けをしながら、何とか乗り越えてきて、今に至ります」
(*1982年に採択された政府、労働者団体、企業の三者による、賃金上昇の抑制などを取り決めた協定。オランダにおける働き方が改革される契機となったとされる)
秋山「社員を一括して管理するのではなく、個人の働き方を尊重するということですね?」
ProRail「そのとおりです。そして、我々HRの力だけでは到底、個人の働き方をマネジメントしきれません。そこで大切な役割を担うのが、上司と部下の関係性です。ProRailでは、1年に2回、上司と部下が面接し、どういう問題があるのかを話して、人事に報告するということをしています。たとえば、これは極端な例ですが、部下が『労働時間を減らしたい。でも、給料は2倍ほしい』と要求したとします。そんなことは、HRに相談することなく、上司で不可能だとわかりますよね。そういうところのふるいを上司がしているということです」
「今、1年に2回という話をしましたけども、それは最低限の回数。機会があれば話をするように促していますし、実際に機会があることに話し合いを行い、個人のタイミングに合わせて働き方を変えるということは、珍しくありません。たとえば個人的な問題として、自分の両親の介護をしなくてはいけなくなったりします。2〜3ヵ月という期間限定で働き方を変えたいというケースもよくあります。そういうときには、個人に合わせた特別な対応をしています」
「『週5日のフルタイムでなければなりません』と会社でルールを決めてしまえば、どんどん優秀な人材は離れていくでしょう。ですから、個人に合わせたアレンジメントを行うのです。多くの場合は、上司と部下の間でだけで取り決めを行っています。つまり、人事まで話があがってこないところで、うまくマネジメントしているんですね。私たちの考えとしては、あくまでHRはアドバイザーであるということ。なぜなら一緒に仕事をするのは、HRではないからです。上司であればその部下であり、部下であればその上司です」
“お金”よりも“信頼”が社員のモチベーションにつながる
秋山「評価についても上司と部下との間で行われているのでしょうか?」
ProRail「個人の評価については上司に任せています。もちろん会社全体のルールもあるのでモニタリングの意味も含め、HRでも管理していますが……。一律的な話をすると、1年の目標というものを年の初めに上司と部下で相談して決めます」
秋山「目標というのは具体的には?」
ProRail「目標というのは、一つはタスクですね。成果ともいえます。もう一つは、ソフトスキルです。これは、コミュニケーション能力だったり、リーダーシップだったりといったものです。そして、半年経ったときに、それらがどれだけ達成できているかを確認します。さらに1年経ったときにその結果をみる。これが、一般的な評価の仕方です」
「評価が終わった後に、労働者が将来的にどんなスキルを伸ばしていきたいのか、2年後や5年後にどうしていきたいのかということを話し合いで決めていいます。もう5年後の目標を達成するためには、学校に通ってスキルを磨く必要があるのであれば、上司やHRでアレンジをしてあげます。なぜなら我々が大事にしているのは、今いる社員がいかに長くProRailで活躍してくれるかということだからです。短期的な貢献よりも、中長期的に会社に貢献してくれる人間を求めているということで、そのためにも、適切な場所で、適切なことができるようHRとしてマネジメントしているということです」
秋山「そうした会社全体の評価のなかで、パートタイムワーカーとフルタイムワーカーの違いというものは、なにかありますでしょうか?」
ProRail「パートタイム、フルタイムという働き方で分けることはしていません。社員はみんな一緒です。もちろん先ほど言った目標設定については、働く時間が短い分少なくなったり、小さくなったりします。しかし、大事なことはそれを達成することであって、フルタイムであるかパートタイムであるかは重要なことではありません」
「正確な数字はわかりませんが、ProRailのフルタイムとパートタイムの割合は、おおむね7対3です。が、そもそもProRailでは、このフルタイムとパートタイムでほとんど差がありません。我が社のフルタイムは基本的に週36時間勤務です。一方でパートタイムの平均は、32時間勤務となっています。もちろんその中には20時間勤務や24時間勤務の人もいますが、平均でみるとフルタイムとパートタイムの勤務差は少ないんです。わかりやすいところでいえば、投資銀行のようなところですと、『個人で目標を大きく達成すれば、その分だけたくさんのボーナスが出る』というような企業文化もありますよね。でも、ProRailはそういう企業ではありません。チームとしてどれくらい達成したかのほうが重要です」
「そういった企業文化だからこそ、『どうやったら働くモチベーションを上げることができるか』はとても重要なポイントになります。先ほども言ったように、『成果によってたくさんのお金を支払うこと』はできませんので。たとえば運転手であれば、“会社から信頼されている”と実感してもらうこと、自己啓発を促すこと、自己探究してもらうことが重要です。お金ももちろんモチベーションにはつながると思いますが、それは短期的なもの。2~3ヵ月もすれば、その給与に慣れてしまいます。もっと長い目でみたモチベーションが大事だということです」
フルタイム勤務でも「週休3日」という働き方が選択できる
秋山「育児休暇についてもっと詳しくお聞きしたいと思います。日本では育児休暇を取ること、場合によっては産後休暇に入ることに対してですら、周囲に対して引け目を感じることがあります。ある職場では、妊娠する順番が暗黙の了解で決まっていることがあり、順番抜かしをすると、冷ややかな目で見られるという職場もあるといわれるほどです。もちろんこれは極端な例ですが、大なり小なりProRailでもそういったことはありますか?」
ProRail「休暇を取るときに、周りに対して『申し訳ないな』と思う気持ちは、少なからず誰にでもあるでしょう。たとえば出産となると、最低でも2〜3カ月は休むことになり、その分はまわりが協力して穴埋めをします。必要があれば、会社として別の労働力も入れこともあります。だからこそ、休む人間に対して、『自分が悪い』と思わせてしまってはいけないのです。『あなたは会社にとってとても重要な存在なので、引け目に感じることなく休んでいいんだよ』というシグナルを送らないといけないのです。それができなければ、せっかく育ててきた戦力を失うことになります。それは会社として最悪のシナリオです」
秋山「そのシグナルというのは、具体的にはどういったことでしょうか?」
ProRail「たとえば、女性が産休したときは、チームで花束を贈って、『みんなで復帰を待っています』ということを伝えたりですね。出産してすぐにフルタイムで戻ることが難しいという状況であれば、数ヵ月だけパートタイムにするなどのオプションもあるので、そういったことをきちんと伝えることも大切だと考えています」
秋山「フルタイムとパートタイムの割合は7対3ということでしたが、そのパートタイム勤務の方のなかで管理職はどのくらいでしょうか?」
ProRail「ProRailのなかにもいろんなレベルの管理職がいるのですが、おそらく10〜15%くらいだと思います。昔ながらの社風を持つ企業だと、パートタイムの人が管理職になるのは難しいかもしれませんが、ProRailの場合は一定以上います」
秋山「男性のなかでパートタイムを選んでいる人はいますか?」
ProRail「10%くらいだと思います。もしかしたら少ないと感じられたかもしれませんが、既に申し上げたとおり、そもそもProRailではフルタイムが週36時間と少なめなので、人によっては1日9時間×4日という働き方をしている人もいるんですね。つまり週に3日休んでいるのですが、これでもフルタイム勤務に入ります。もっといえば、毎日均等に働く必要もありません。ですから、そういう働き方をする人もけっこういるんです。そういうフレキシブルさがあるから、わざわざパートタイム勤務を選ぶ必要もない、という見方もできるかもしれませんね」
「仕事と生活のバランスを取ること」が中長期的に見て生産的
ProRail「オランダ全体で見てそうなんですが、自分の生活と仕事のバランスというものがとても重要視されています。ですから、子育てが発生する30歳代や介護のある50、60代では仕事の量を調整するために、逆に20代はがむしゃらに働くという人もいるんです。平日も目一杯働いて、週末も仕事に使えるスキルを磨くみたいな。要は、そのときの自分の生活や将来像に合わせて、自分自身で働き方をアレンジできること、メリハリを利かせられることが重要だと考える人が多いということです」
秋山「日本では、『お金がないから将来の生活が不安だ』『老後の暮らしのために貯金したい』というように考える人が多く、だからたくさん働くことが美徳とされる傾向にあります」
ProRail「オランダでも、以前は『燃え尽き症候群』や『過労』が問題になっていました。今の日本と同じように、長く働くことが美徳だと考えていた時期もあったんです。でも、一回病気になってしまうと、それをもとに戻すのには、非常に時間がかかりますよね。つまり、短期的にみるのではなく、中長期的な目線をもつようになって、その結果、『予防』という視点を大事にするようになってきました。たとえば63歳の社員がいたとして、オランダの場合は67歳が定年になるわけですが、もし63歳の時点で病気で働けなくなったら、会社としては67歳まで働けない人にお金を払わないといけないことになります。これは非常に非生産的です。だからこそ、そのときの健康状態に合わせて働き方を変えられるということが必要になってくるわけです。ちなみに健康診断については、心身の両面であります。そういった健康診断やメンタル診断の結果を受けて、自分の働き方のプランを考えたり、上司と相談して働き方を変える人もたくさんいますよ」
秋山「フレキシブルな働き方がもともとオランダに根付いていたわけではなく、仕事と生活のバランスを取ることが中長期的に見て生産的である、という共通認識を国全体で持ち、変わっていったというところが非常に今の日本に参考になるような気がします。この度はたいへん貴重なお話をどうもありがとうございました!」
今回は、オランダの国鉄的存在ProRailでHRを務めるHenk-Jan Donderwinkelさん、Erik-Jan Koningさん、Danielle van Sommerenさんのインタビューを紹介しました。第4回は、赤ちゃん用補助食品などを手がけるダノングループのひとつ、Nutriciaが持つDanone Nutricia Researchのお話を紹介します。
(※本稿に出てくる役職や制度などは、取材時当時のものです)