理想の人数だけ子どもを産み・育てられる社会の実現を目指して活動を行っている私たち1moreBaby応援団は、様々な調査や啓発活動に取り組んでいます。そのなかで2016年の秋に、ユニセフの『Innocenti Report Card11』において「世界一子どもが幸せであること」が示されたオランダを訪れました。働き方や生活スタイル、夫婦の関係性など、その調査から分かったことについて、私たちは『18時に帰る』という一冊の本にまとめました。
その内容について、同書のまえがきから引用します。
〈わかったことは、オランダの人たちの働き方・生き方、考え方には、「しなやかさ」があるということです。「しなやかさ」とは、人生のステージに応じた働き方や生き方を選択できる柔軟性や寛容性とも言い換えられます〉
これはどういうことか、具体的にもう少し説明します。

コロナ禍の前からオランダにあった「しなやかな働き方と生き方」とは?

たとえばオランダでは、こちらの記事でも詳述したように、就業日数や時間数をライフステージに合わせて変えることが一般的です。
週5日勤務×8時間=週40時間労働という男性に、子どもが生まれたとします。そうした場合、子育てのために週4日勤務×10時間=40時間労働とする、すなわち収入などを変えずに週休3日にすることが珍しくありません。
就業時間を減らすこともよくあります。先のような男性が子育て期間中は週3日勤務×10時間=30時間で働き、子育てが一段落した後にあらためて元の労働条件、つまり週40時間労働に戻すことができます。このように就業時間数を減らした場合、時間あたりの給与やその他の労働条件は、基本的に変わりません。
こうした柔軟な考え方は、オランダの文化として何世代も受け継がれているわけではなく、この30年以上かけて官民学が連携して取り組むことで育まれてきたものだと言われています。
その1つとして、かつて父親の育児参加を促すため、パパダフ(パパの日=Papadag=papa day)の取得を推奨していました(小学校が午前中で終わる水曜日をパパダフとすることが多かったようです)。ちなみに日本でいう父の日は、オランダではVaderdagと呼ばれ、母の日と同様に、父親を称える日として、1年に1回、6月の第3日曜日に祝われます。
テレワーク(在宅勤務)についても、オランダでは柔軟に活用されていました。私たちが2016年に訪れたある企業では、社員が585人いるのに対して、オフィスのデスクは400しかないと言っていました。ほぼ100%の社員が在宅勤務を組み合わせて働いているため可能になっているということでした。子育てのためにパパ・ママが在宅勤務を利用するケースも多々ありますが、それ以上に「通勤時間の長い人」が積極的に利用しているということでした。合理的な考え方を持つオランダらしい一面です。いずれにしてもそうした土台があるからこそ、子育て世代も在宅勤務がしやすいといえそうです。
なお、ジョブディスクリプション(職務内容を既述したもの)が明確であることも影響していると思いますが、在宅勤務だから特別に細かく労働時間や業務内容を管理するということはないそうです。
いずれにしても在宅勤務はオランダでは珍しい事例ではないということ。もちろん在宅勤務をするからといって、保育園の利用で不利になることはありません。
長くなってしまうので、詳しくは『18時に帰る』も参照いただければと思いますが、上述のような〝しなやかな働き方〟が可能なのは、それを支えるアウトプット重視の評価制度(働く時間が長いほど評価されるのではなく、アウトプット=成果が大事であること)とチーム主義という土台があるからです。
特に後者は、欧米の企業文化として、「私は私、あなたはあなた」という個人主義があると思いがちです。しかし私たちが取材をした約30ヵ所・総勢50人の方々のお話から感じたのは、チームメンバー間で信頼や絆を大切にしていることでした。それは上司と部下、会社と従業員、父親と母親、親と子ども、子どもと先生など、オランダではあらゆる関係性が「対等であること」を起点としていることと無関係ではないでしょう。もちろんそこには、社会全体の共通認識として、「仕事よりも家族が優先である」というものがあることも見逃してはなりません。

コロナ禍によって動き出した日本の働き方改革

一方、みなさんもご存知のように、2020年から現在にかけて、世界が大きく変わってしまう出来事が起こりました。新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延です。日本も例外ではなく、子育て世代を含めた社会全体で、生活様式の変革が強いられました。
そのなかで、今まで遅々として進まなかった働き方改革が、期せずして動き出したという企業は少なくありません。行政、教育、福祉といった旧態依然とした働き方が残っていると言われてきた分野も、その例外ではないでしょう。
しかしながら、その変化のスピードについていけないという声も出ています。「準備不足のままテレワーク化が進み、仕事のパフォーマンスが著しく落ちている」「勤務時間や仕事の進捗といった労務管理の方法がわからない」「組織内のコミュニケーションが不足してしまっている」といった悩みを抱える組織はたくさんあります。
働き手としても、「働き方は変わったのに、評価制度が以前のままなので不信感を覚える」「テレワークが子どもの休校・休園と重なり、仕事が捗らない」「夫婦や子どもと一緒に家で過ごす時間が増え、生活リズムが崩れている」といった声もあります。
実際、毎年私たちが実施している『夫婦の出産意識調査2021』でも、コロナ禍によって出産や子育てにまつわる不安やストレスは高まっているという結果が出ています。

『18時に帰る 』「世界一子どもが幸せな国」オランダの家族から学ぶ幸せになる働き方
単行本: 224ページ
出版社: プレジデント社
言語: 日本語
定価:1500円(税別)
発売日:2017年5月30日
書籍の詳細を見る

世界一子どもが幸せと言われていたオランダの「コロナ禍の発生“後”」を調査

そこで今回、すでにフレキシブルな働き方や生き方が実施されていたオランダの家族や社会が、コロナ禍でどのような対応を行ってきたのかをインタビュー調査することにしました。オランダでも日本と同じように子育てにまつわるストレスが増しているのかや、もしそうであるならばどう対処しているのか。その際にこれまで育んできた〝しなやかな働き方や生き方〟がどのように活かされているのかを見ていきたいと思っています。
実は、冒頭で記したように2013年のユニセフの調査でオランダは世界一子どもが幸せであるとされていましたが、その後の2020年の「Innocenti Report Card16」でも、オランダは世界一子どもが幸せであるという結果が示されています(日本は20位です)。ただし、同レポートはコロナ禍以前のデータを基にしたものです。したがって、今回の調査を通じて、コロナ禍の後のオランダの子どもたちや家族がいまでも幸せなのかについても確認していきます。
もちろんその中で、これからの日本の働き方や生き方を模索するうえでの示唆や、子育て世代が抱えている不安やストレスを解消するヒントも模索していければと考えています。
インタビュー調査方法ですが、コロナ禍でのあたらしい生活様式や規制に配慮したうえで、ウェブ会議システムを用いて行うことにしました。
具体的には、2021年版のオランダ現地調査の第一弾として、以下に記したオランダの3家族へのインタビューを行いました。いずれも3人の子どもを持ちながら、夫婦ともに仕事をされている家庭です。
※なお、現地取材は『18時に帰る』でも協力いただいた編集者の遠藤さんにコーディネートしてもらいました。同氏は2021年4月よりオランダに生活拠点を持っており、当地におけるコロナ対策を遵守しながらの「対面+オンライン」のハイブリッド式でのインタビューに尽力いただきました。

夫婦ともに在宅ワークに切り替わった3人の子どもを持つオランダ人一家

Vol.1とVol.2で紹介するのは、アルマンさん(43歳)とマライヤさん(44歳)夫婦です。10歳、7歳、5歳のお子さんをお持ちのお二人は、人口約16万人の都市の郊外にある、環境に配慮された3階建てのエコ住宅に住んでいます。
父親であるアルマンさんは、オランダにある電力関連会社に勤める会社員。労働時間は週36時間で、月曜から木曜まで1日あたり9時間勤務の契約*で働いています。(*オランダでは労働条件を明確にした契約書を交わすのが一般的。日本でいう契約社員=非正規雇用という意味ではありません)
母親であるマライヤさんは、福祉関係の企業で営業をしています。労働時間は週30時間。月曜、火曜、木曜が1日あたり8時間勤務、金曜は6時間勤務の契約で働いています。
3人の子どもは、いずれも小学生(オランダでは一般的に4歳から小学校に通うことができます)。そのうち7歳と5歳の子ども2人は、火曜に学童へ通っています。10歳の第一子は、自分で遊ぶことができるようになったため、最近になって学童はキャンセルしています。
また、オランダでは結婚せずに、パートナーシップ契約を結ぶことも多いのですが、アルマンさんマライヤさん夫婦は結婚はおろかパートナーシップ契約すら交していません。特に不利益を被ることもないので、わざわざ労力を割く必要を感じていないとのことです。
インタビューを通じて、夫婦ともに在宅ワークに切り替わったオランダの子育て世帯の実態や本音を聞いていきます。

ともに週休4日、福祉関係の仕事に就くオランダ夫婦が大切にしているもの

Vol.3とVol.4で紹介するのは、ヒッデさん(49歳)とシンディさん(45歳)夫婦です。7歳、6歳、4歳のお子さんをお持ちのお二人は、オランダの中規模都市の中心部にある住宅街に暮らしています。3階建ての建物のうち1階と地下部分、ならびに中庭を所有しています。
父親であるヒッデさんは、交通事故などで障害を抱えることになった人や家庭をサポートするソーシャルワーカーとして働いています。労働時間は週24時間で月曜、水曜、木曜にそれぞれ8時間ずつ就労しています。ただ、まもなく末っ子が小学校に通い始めることから、労働時間を28時間に増やす予定になっているそうです。
母親であるシンディさんは、障害を抱える人の就業支援を行うジョブコーチとして働いています。労働時間は週27時間で、火曜、木曜、金曜にそれぞれ9時間ずつ就労しています。
7歳と6歳の2人は小学校に通っています。ヒッデさんとシンディさんが2人とも働く木曜日は、学童を利用しています。4歳になったばかりの末っ子は週に1回、保育園に預けてきました。オランダでは4歳になると小学校に通うこともできますが、まもなく1ヵ月半の夏休みが始まることもあり、夏休み明けの9月からに通う予定にしています。
また、ヒッデさんとシンディさんは結婚をしておらず、いわゆるパートナーとして登録しています。ただ来年に結婚をする予定で、その最大の理由は子どもたちや両親、親戚などとともに結婚式を楽しむことにあるといいます。
インタビューを通じて、ともに週休4日で、福祉関係の仕事に就く彼らが大切にしているものを紐解いていきます。

週50時間以上働く校長先生の夫と、芸術家と講師の二足の草鞋を履く妻が話し合ってきたこと

Vol.5とVol.6で紹介するのは、ハネスさん(44歳)とミックさん(44歳)夫婦です。14歳、10歳、7歳のお子さんをお持ちのお二人は、人口約1万人の小さな町に住んでいます。彼らは平屋の一軒家に暮らしており、広い庭では大型犬を飼い、家庭菜園もしています。
父親であるハネスさんは、生徒数が250人と150人の2つの小学校の校長先生をしています。いずれの学校も日本ではオルタナティブ教育として知られるルドルフ・シュタイナーの価値観に基づいた教育を行っています。労働時間は週に50〜60時間で、月曜から金曜まで休みなく働いています。
母親であるミックさんは、舞台芸術家としての仕事やアートアカデミーの先生として働いており、労働時間は流動的です。具体的には定期的に開催されるアートアカデミーの授業を担いながら、舞台美術の仕事が入ってきたときには一定期間にわたって多忙な日々を過ごすことになるといいます。
ちなみに現在、ハネスさんは校長先生ですが、もともとはミックさんと同様にアーティストでした。ミックさんがデザインしたものを、ハネスさんが作りあげるというチームを組んでいたそうです。
10歳と7歳の2人はハネスさんが校長先生を務める小学校に通っています。14歳になる第一子は、同じくシュタイナー教育を基にした中等教育を行う別の学校の生徒で、約1時間をかけて電車で通っています。下の2人は週に1回、学童も利用しています。
インタビューを通じて、週50時間以上働く校長先生の夫と、芸術家と講師の二足の草鞋を履く妻は、3人の子どもを育てながらどのように働いてきたのかや、コロナ禍での学校はどうだったのかを聞いていきます。
それでは次回より、これらのインタビューを通じて見えてきた、コロナ禍においても「しなやか」に生きているオランダ家族の生活スタイルや価値観、働き方を紹介していきます。